HOME


 

【書評】

P.ヴァン・パリース著、後藤玲子/齊藤拓訳

『ベーシック・インカムの哲学』勁草書房2009.6.

『東洋経済』200981日号、138頁、所収

 

Hashimoto Tsutomu

 


 

 不況の中、正社員の雇用ばかりが守られて非正社員が解雇されていくというのは、なんとも不公平ではないだろうか。経済成長のためには仕方ないという、そんなやるせない空気が蔓延しているように思われる。

 労働者はこれまで組合運動を通じて、自身の雇用条件を改善してきた。けれども組合員の資格がない非正規雇用者は、どうやって自身の生活を守ることができるのか。

 この問題に、斬新な解決を与えようというのが本書である。最近になって台頭してきたベーシック・インカム(基本所得)論の最重要書だ。

 正社員の雇用だけを守るのではなく、非正社員も、失業者も、あるいはニートも含めて、人々の生活そのものを守る。そのためには、ずばり、働く人にも働かない人にも、みんな同じ基本所得を一律に分配してしまえばよいというのである。

 すると非正規雇用者は、解雇されても生きていける。劣悪な労働条件の下でプライドを傷つけられることもない。嫌になったら辞めればいいからだ。基本所得が一律に分配されれば、労働者階級は資本の抑圧から解放されて、真に自由な生活を享受できるだろう。

 あまりにも奇抜なアイディアと思われるかもしれないが、本書の論理は周到だ。政府は基本所得だけを配分する。それ以外の例えば、失業保険や雇用対策のための公共事業は廃止する。年金も医療保険も就業支援も廃止する。生活保護者を認定・更新するための、煩わしい手続も必要ない。

 つまり本書は、基本所得のみにこだわって、政府支出の多くを削減しようというのである。さらに著者は、経済成長を阻害しないという条件の下で、基本所得の導入を提唱している。これは経済自由主義者にとっても、歓迎すべきかもしれない。

 むろん、働かない人に基本所得を与えることには、抵抗があるだろう。働かずにサーフィンをする人に、なぜ国家はお金を配分すべきなのか。にわかに納得することはできない。

けれども著者のねらいは、現行の政策を見直すことにあるようだ。いまの政府は、人々の生活を監視しすぎていないか。配慮しすぎていないか。基本所得だけを保障すれば、その必要はない。恩着せがましい政府介入を避ければ、人々も活き活きとして、経済も活性化する。そういう希望が本書を貫いている。

 とりわけ本書が面白いのは、従来の左派を徹底的に批判して、資本主義を擁護する点だろう。搾取論や市場批判論など、左派の主張がどこで誤ったのかを総点検する。その執念深い努力には、ひたすら脱帽である。

 

橋本努(北海道大准教授)